令和4年度発掘調査情報

中西部遺跡なかにしぶいせき

調査中
調査期間
令和4年5月~11月(予定)
場所
大沼郡金山町大字大塩字中西部
該当時代
縄文時代・弥生時代
調査原因
只見川河川整備事業に伴う発掘調査

中西部遺跡は、只見川左岸の段丘上に立地します。令和3年度に実施した試掘・確認調査により、縄文時代から弥生時代にかけての遺跡であることが推測されました。今回の発掘調査で、具体的な時期や性格を明らかにしたいと思います。


6月9日の様子

 作業員さんたちによる遺構検出作業が進むにつれて、四角い穴や丸い穴が多く見つかってきました。写真1は一辺約4mの正方形の竪穴住居跡を検出している様子です。この竪穴住居跡の時期は現段階では不明ですが、古墳時代から平安時代の可能性が高いものの、弥生時代の可能性も捨てられません。

 写真2は土坑やピット(柱穴)が見つかった様子です。土坑はこれまでに約150基見つかっています。土坑は長さ1m弱のもので、土坑墓(お墓)の可能性がありますが、詳しくは中を掘ってみないとわかりませんね(笑)

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写真1 竪穴住居跡を検出している様子

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写真2 土坑(左下)やピットも見つかった


6月3日の様子

 初夏に淡紫色の花を咲かせる桐の木が調査区の脇にキリッと立っています。まっすぐに育った桐の木に見守られながら、発掘調査は続きます。

 なお、中西部遺跡が所在する金山町の北隣の三島町は、古くから桐を栽培していることから「桐の里」と呼ばれています。

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写真1 調査区の脇にキリッと立つ桐の木(淡紫色の花(右下)がきれいです。)

 さて、発掘調査では日が経つにつれて弥生土器や石器が多く出土するようになりました。その中で、石錐を紹介します。石錐は「せきすい」と読み、石でできた錐(きり)のことです。写真2のように、先端が尖り、動物の皮や樹皮に穴を開けるための工具です。主に縄文時代の遺跡から見つかることが多いようです。

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写真2 出土した石錐(下の方が尖っています。)

 「キリ」の話題はこのあたりにして、他の遺物も紹介します。

 調査区の北東部を作業員さんたちが丁寧に表土掘削していたところ、緑色に光り輝く、小さく細い遺物が続けざまに出土しました。その正体は、「管玉」です。

 弥生時代の首飾りの一部で、合計6個が出土しました。碧玉製で、中央には細い孔があけられています。よく見ると、緑色が濃いものと薄いもの、長さが約2㎝のものと約1㎝で細いものがあるようです。まだ調査が始まったばかりですので、この後、何点出土するのか楽しみです。(とても小さな遺物ですので、細かい調査が求められます(笑))

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写真3 2種類の管玉(上が長さ約2㎝、下が長さ約1㎝で細い)


5月31日の様子

中西部遺跡には、三つの「キリ」があります。
雨上がりの午後、遺跡の東に沿って流れる只見川には川霧が発生しました。
川霧は川の水温が外気よりも高くなると発生します。調査区と只見川の水面の比高差は10m以上あり、川霧が調査区まで上がってくることはなく、写真1のように只見川の凹部を埋めているようです。なお、中西部遺跡の北東約13㎞には、「霧幻峡の渡し」という観光名所があります。幻想的な川霧の中の手こぎの渡し舟が人気のとのことです。

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写真1 川霧が発生した只見川


5月26日の様子

5月下旬になり、重機による表土除去はかなり進みました。

また、作業員さんによる遺構検出も開始され、弥生時代の穴や土器、石器などが見つかり出しました。

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写真2 只見川沿いの調査区(北から望む)

左に見えるのはエメラルドグリーンの只見川。目線を上げて周囲を見渡せば、山山山山。調査区の近くからは熊の落とし物も発見(◎_◎;)

調査が終わるまで、川に落ちないように、そして、ある日~♪熊と出会わないようにしたいものです。


5月11日の様子

発掘調査を開始しました。調査面積12,000㎡という広大な範囲。まず初めに重機により表土を除去しています。

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写真1 重機による表土除去作業の様子

「猫の手も借りたい」とは言うけれど、豆柴げんば君がネコ(一輪車)とスコップを持って手伝いに来てくれました。