調査研究コラム

#080 富岡町毛萱館跡から出土した刺突文土偶について 佐藤 俊

1 はじめに
 福島県双葉郡富岡町に位置する毛萱館跡は県道広野小高線(毛萱工区)の建設に先立ち、平成29・30年度の2か年わたり10,000㎡の発掘調査が行われ、令和2年2月28日にその成果をまとめた発掘調査報告書が刊行された。毛萱館跡の発掘調査では、遺跡名からも伺えるように室町時代の城館を構成する土塁・堀跡、掘立柱建物跡、門跡などが確認され、古瀬戸の天目茶碗や葉茶壺、茶臼などの喫茶具や、菊花と蓬莱文を墨書したかわらけなどが出土しており、室町時代における村落領主の居館の様子が明らかになった。また本遺跡は弥生時代の集落跡が発見された毛萱遺跡に隣接していることから、弥生時代中期後半の竪穴住居跡が11軒確認され、桜井・天神原式期の壺形土器や甕形土器、磨製石斧などが出土している。
 こういった室町時代や弥生時代の調査成果に見落とされがちだが、毛萱館跡では縄文時代晩期とみられる刺突文土偶が出土している。本コラムでは発掘調査報告書で詳しく触れることのできなかった、縄文時代晩期の刺突文土偶について若干の考察を加えて行きたい。

2 刺突文土偶の出土状況と観察
 刺突文土偶は丘陵頂部近くの緩斜面に立地する10号竪穴住居跡から出土している。10号竪穴住居跡からは桜井・天神原式期の土器が出土していることから、弥生時代中期後半の所産と考えられる。刺突文土偶は竪穴住居跡堆積土ℓ1の最上面から1点出土している(写真1・2)。10号竪穴住居跡は、9号竪穴住居跡の床面を構築するため人為的に埋め立てられており、その際に偶然土の中に紛れ込んだものと考えられる。

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写真1 10号竪穴住居跡 刺突文土偶出土状況

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写真2 10号竪穴住居跡出土刺突文土偶

 出土した刺突文土偶は右肩部から頸部付近のみ遺存している。なで肩で、刺突文土偶に特徴的ないわゆる「肩パット」状の装飾が認められる。中実であり、肩部と体部は粘土の継ぎ目で剥離している。肩部は粘土を貼り付けて成形している。肩部は丸みを持ち、頸部と腕部の境を沈線で区画し、その内側を刺突文で充填して文様帯としている。刺突に用いた工具の先端は長方形で、正面と裏面は土偶に対し工具が垂直になるように刺突し、側面は正面と同時に刺突を行っている。

3 刺突文土偶の類例と年代
 東北地方の刺突文土偶は、縄文時代晩期終末の大洞式期から弥生時代前期の砂沢期にかけて認められる。著名なところでは弥生時代前期の標識遺跡である青森県弘前市の砂沢遺跡や、近年では山形県大蔵村上竹野遺跡で刺突文土偶が埋納されていたという所見も報告されている(菅原・長澤2018)。
 福島県内では三春町西方前遺跡出土の土偶が著名で、毛萱館跡の近隣では楢葉町の高橋遺跡の土偶が挙げられる。
図1に東北地方の遺跡から出土した刺突文土偶の主だったものを示した。類例を概観すると多くの刺突文土偶はいかり肩で、肩部の文様帯が胸部に向けて細長く展開するのに対し、西方前遺跡と毛萱館跡の土偶は、なで肩で肩部の文様帯は幅広く丸みを持つのが特徴といえる。このことから、西方前遺跡や毛萱館跡の刺突文土偶の特徴は地域的な要素なのかもしれない。また、毛萱館跡から出土した刺突文土偶の年代について、弥生時代中期の土偶に特徴的な「肩パット」状の装飾の簡略化(設楽・石川2017)が認められず、西方前遺跡の土偶に類似することを考慮すると、現時点では縄文時代晩期終末、大洞A´式期頃の所産として大過ないと判断している。しかし刺突文土偶の出土例は僅少であり、今後の資料増加を待って詳しく再考したい。

4 まとめにかえて
 毛萱館跡の所在する双葉郡富岡町の縄文時代晩期の遺跡は、常磐自動車道の建設に伴い発掘調査された本町西B遺跡や後作A遺跡など、内陸部に分布が集中している。今回の発掘調査で出土した刺突文土偶の破片は、太平洋側に程近い毛萱地区周辺に縄文時代晩期の遺跡がみつかる可能性を予見していると言えよう。毛萱館跡の発掘調査成果が双葉郡の地域史を語るうえでの一助となれば、担当調査員として望外のよろこびである。

↓以下のリンクで毛萱館跡出土の土偶の3Dデータがみれますよ

https://sketchfab.com/3d-models/285e43ff001141968a6575d9ec0be41f


刺突文土偶集成.jpg
図1

参考文献
青森県弘前市教育委員会編 1987『砂沢遺跡発掘調査報告書』
秋田県秋田市教育委員会編 1986『秋田市 地蔵田B遺跡』
猪狩みち子ほか 2019『高橋遺跡(第1次調査)』楢葉町教育委員会 公財いわき市教育文化事業団
生田和宏ほか 2011『北小松遺跡ほか』宮城県教育委員会
石田明夫 2002『墓料遺跡 平成13年度墓料遺跡範囲確認調査報告書』会津若松市教育委員会
江坂輝彌 1990『日本の土偶』六興出版
小野章太郎 2014『北小松遺跡』宮城県教育委員会
金子昭彦・高木晃 2006『金附遺跡発掘調査報告書』㈶岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター
佐藤俊ほか 2020『毛萱館跡 県道広野小高線関連遺跡発掘調査報告2』福島県教育委員会 公益財団法人福島県文化振興財団
設楽博己・石川岳彦 2017「第1章 東北地方の弥生土偶とその周辺」『弥生時代人物造形品の研究』同成社 
菅原哲文・長澤友明 2018「上竹野遺跡出土の土偶」『研究紀要』第10号 公益財団法人山形県埋蔵文化財センター
菅原哲文ほか 2019『上竹野遺跡第1・2次発掘調査報告書』公益財団法人山形県埋蔵文化財センター
高木晃 1998『大日向Ⅱ遺跡発掘調査報告書―第6次~第8次調査―』㈶岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター
武田耕平ほか 1991『南諏訪原遺跡』福島市教育委員会 財団法人福島市振興公社
松本茂ほか 1988『羽白C遺跡 真野ダム関連遺跡発掘調査報告Ⅻ』福島県教育委員会 ㈶福島県文化センター