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 体験学習  


<縄文時代の復元炉で調理>
それでもごくまれに、例えば黒コゲの炭になったりして、腐らずに縄文時代の食べ物が見つかることもあります。また、貝塚を調査すると、多くの種類の貝殻や魚、動物の骨をみつけることができます。
 これらを手がかりに、「縄文時代はこんな料理を食べていたのではないか」というものを作って、試食していただいたのが、「古代グルメ祭」です。
 「古代グルメ祭」は10月13日(日)に行いました。
当日のメニューは次のようなものでした。
 ・メインディッシュ イノシシ肉とキノコのスープ
           塩ザケと山芋のスープ
 ・主 食      縄文クッキー
 ・デザート     縄文風おしるこ
 メインのイノシシ鍋とサケ鍋は、縄文土器で作りました。縄文土器は保温性が高く、一度沸いたらお湯が冷めにくいのが特徴です。味つけは塩だけです。日本の食卓におなじみの醤油や味噌は、縄文時代にはなかったことが知られています。
 縄文クッキーは、遺跡で炭になったものが見つかっています。クリやクルミ、ドングリ、トチの実などを粉にして、クッキー状にまとめたものです。コナラなどのドングリやトチは、渋くてそのままでは食べられず、灰汁で煮たり、水にさらしたりして渋抜きをします。
 縄文風おしるこは、くず湯にクルミの粉を混ぜ、ハチミツで味付けしたものです。このおしるこが遺跡から出土したことはありませんが、クルミの殻は時々出てきます。クズの根からデンプンが採れることも、自然に精通していた縄文人なら当然知っていたでしょう。煙を使って蜂を麻痺させ、蜂の巣を採ることが今も行われているので、ハチミツも集めていた可能性があります。そんなことから、このメニューを作りました。
 縄文時代もそれ以後の人々も、自然の中から手に入る、山菜、木の実、動物、魚など、食べることが可能なありとあらゆるものを食べていただろうと考えられます。食べ物は全て自然の中から獲得するもの、あるいは与えられるものです。ですから、そういう時代に「自然食品」なんて言葉は、もちろんありません。自然ではない食品って、なんでしょうね。

     原始機織りに挑戦しました
 11月16日(土)は原始機(げんしばた)に挑戦しました。機織りの技術は弥生時代のころに日本に伝わったと言われています。そのころの機(はた)は、数本の棒と板に糸をかけただけの、とても簡単な作りでした。片方を柱などにしばって止め、もう片方を腰にかけて座り、織る人が機の骨組みになるというものです。構造は簡単ですが、基本的なやり方は、今の機織りとまったく変わりません。 
 この催しは、機織りや、原始・古代の布に興味をもったまほろんのボランティアが中心になって実施してくれました。ボランティアのみなさんは、カラムシから糸をつむいだりして、この行事に備えてくれました。
 当日は、ボランティアの指導のもと、20名ほどの方が原始機に挑戦してくれました。2台の原始機を使って、代わるがわる布を織ってもらいました。人が代わると糸を張る力も変わるので、そこで横糸の詰まり方も変わります。できあがった布はけっして均一なものにはなりませんでしたが、それでも丈夫でりっぱな布ができました。参加者のみなさんからは、「昔の人は大変だったんだね。」とか、「最初に機織りの道具を考えだした人はすごいね。」といった感想が聞かれました。

         古代グルメ祭
 「衣・食・住」と言われるように、食べ物は生活するうえで欠かせないものですよね。では文字による記録がなかった時代、例えば縄文時代に何を食べていたかというと、実はまだよくわかっていません。縄文時代の遺跡を発掘調査すると、当時のお鍋として使われた縄文土器や肉を切ったらしい石のナイフ、動物を捕まえるための弓矢の矢じりなどはたくさん出てきます。ところが、食べ物がみつかることはめったにありません。食べ物やその残りカスは、たいていの場合、長い年月の間に腐って土になってしまうからです。

<石器でサケを解体する>
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