平成30年度

 おでかけまほろん郡山市立高倉小学校


 6月7日(木)に、おでかけまほろんを郡山市立高倉小学校で行いました。高倉小学校は、戦国時代の山城である高倉城跡の麓にある小学校で、5・6年生が、「土器や石器を観察しよう」と特別メニューの「高倉城跡の見学」体験をしました。

  高倉城跡遠景(北側から)

 若き日の伊達政宗が辛くも引き分けにもちこんだ「人取橋の戦い」で重要な役割を果たした高倉城の跡です。
 城跡がある山の麓の少し小高い場所に、高倉小学校があります。
     
  1.土器や石器を観察しよう
 
 
高倉小学校の周辺の遺跡について、配布資料と大型タブレットで表示した発掘調査の写真で解説しました。学校の周りには、縄文時代から平安時代くらいまでの遺跡がたくさんあることがわかったかな?。
 また、高倉城跡が舞台の一つになった、「人取橋の戦い」について話をしました。
     
   図と写真で、学校の近くの遺跡について学んだ後は、実際の出土遺物を観察しました。
 まほろんに収蔵されている、本宮市高木遺跡の縄文土器や山王川原遺跡出土の須恵器、郡山市木村館跡の陶磁器を観察しました。

 戦国時代の染付の小さな破片が、中国からの輸入品で、高級品だったこと、もしかすると高倉城跡にも落ちているかもしれないことを話すと聞いていたみなさんは、「拾いたーい!」と興味を示していました。
     
   座学の最後は、山城についての説明です。
 自然の山を削ったり盛ったりして、攻めにくいお城をつくっていることや、高倉城の見学でみることのできる土塁や切岸などについて、絵を描いて説明しました。
     
  2.高倉城跡の見学

 靴を履きかえて、いざ高倉城跡へ登頂です。
 出発地点の鹿島神社の境内には、城の給水を担った可能性がある井戸があります。
     
  登りはじめは、かなり急な坂道です。帯郭の一部か後世の畑か判断に迷う階段状の細長い平場を横目に見ながら進みます。
     
 
 5分程度登ったところでひと休みです。みなさんは持参した水筒から給水中です。ここから上には、確実に城の遺構である切岸や帯郭が続きます。
     
   草刈りのしてある登山道からそれた部分は藪になっているので、藪をかき分け学芸員が遺構の位置まで行って説明しました。

 写真は、切岸を説明している様子です。
     
 
 つづら折れの登山道を上り、先頭が主郭の虎口(出入口)付近に到着しました。写真左側の高まりは虎口南側の土塁です。
 城主がいたであろう主郭の内側は、竹藪と雑木の林になっており、進入することができませんでした。
 整備されれば360°の大パノラマが広がるはずですが、残念でした。
     
 
 主郭下の虎口の説明中です。この部分の虎口は、攻め手は右に曲がらないと入れない枡形の構造です。
     
 


 眺望をもとめて山清寺の方まで足をのばしました。
 木立の切れ間から、佐竹氏が盟主である反伊達連合軍が陣取ったと伝えられる前田沢方面が望めました。

     
 
 駆け足でしたが、全員無事下山しました。
 郷土の宝である高倉城跡への理解を深めて、今後とも大切に残していってください。