大きな土器

 縄文時代でも一番大きな土器が作られたのがこの時期です。土器自体はひじょうに重く、小さめの土器でも持ち上げる時には、自然に掛け声が出てしまうほどです。
 後の時期の同じ大きさの縄文土器と比べると、とても厚く作られていて、ためしに重さを測ると約1.5倍もありました。この特徴から、明治時代の学会では「厚手式」と呼ばれていたこともあります。
 豪華な装飾や大きさの大小をみるとバラエティーが豊かですが、土器の形は基本的に、煮炊き用の深い鉢形のもの(深鉢)と盛り付けなどに使われる浅めの鉢(浅鉢)の2種類に代表されます。
 口の部分が波状にうねった形だったり、ひも状に伸ばした粘土を貼り付けて凝った文様や把手を付けたものだったり、煮炊きには不向きな印象がありますが、オコゲやススなどの煮炊きに使った証拠が土器の表面に観察できます。

土器が5点入っていた土坑(天栄村桑名邸遺跡) 底面から炭化した木の実がみつかった土坑(天栄村桑名邸遺跡)
1 縄文土器 深鉢 2 縄文土器 深鉢 3 縄文土器 深鉢 4 縄文土器 深鉢 5 縄文土器 深鉢
土坑からみつかった5点の土器