b 三角縁神獣鏡復元製作
 まほろんの常設展示のため、会津大塚山古墳から出土した三角縁神獣鏡が復元されることになった。まほろんにおける復元は、形を復元するだけではなく、遺物の観察に即して製作技術の復元も行うことがテーマである。 三角縁神獣鏡の製作技術に関しては、これまで同笵鏡と呼ばれてきたものの中にも同型鏡とすべきものが含まれるのではないかなど、諸説がある。復元のためには、まずこの点から明らかにしていかなければならなかった。
 三角縁神獣鏡は鋳物である。鋳物は金属を溶かして鋳型に流し込んで作られるため、その復元のためには大掛かりな設備が必要である。設備だけではなく、鋳造技術やノウハウを含めて専門家の協力は不可欠である。復元にあたっては、まず協力いただける鋳造の専門家を探すことが必要だった。
 問題の一つについては、おりから馬具の復元研究を委託していた梅工房の鈴木勉氏が、三角縁神獣鏡の製作技術について研究を進めているところで、三角縁神獣鏡の復元についても協力をいただけることになった。鋳造の専門家については茨城県真壁町の御鋳物師小田部庄右衛門氏をご紹介いただいた。小田部氏の経営する小田部鋳造は創業800年の伝統を誇り、三角縁神獣鏡の鋳型の材質に推定されるものと同じ陶型を用いて梵鐘の鋳造を行っている。小田部氏は三角縁神獣鏡がもっとも薄い部分の厚さが2mmしかない「うすもの」ということで、技術的な面での難色を示されたが、快く引き受けてくださった。
 復元した三角縁神獣鏡を展示する際には、会津大塚山古墳の出土品とその同笵鏡である岡山県鶴山丸山古墳出土品を並列して比較できるようにすべきところであるが、いずれも他館が所蔵しているため、両鏡の複製品の製作も同時に企図した。
 復元に入る前に、会津大塚山古墳および鶴山丸山古墳出土の同笵鏡がどのような方法で製作されているのかを明かにするために、両鏡を所蔵する福島県立博物館と東京国立博物館での資料調査を、両館の協力を得て行った。
 観察の結果、断定はできないものの、両鏡が同じ鋳型から作られている、つまり同笵法で作られている可能性が高いのではないかという結論を得ることができた。よって、復元も同笵法によって複数枚の鏡を製作することを目標とした。
 同笵法は、三角縁神獣鏡の特徴として多くの研究者に指摘されてきたが、技術的に無理だとする意見もある。ただし、実際に同笵法で鏡の鋳造が行われたことはなく、その可否は三角縁神獣鏡の研究の中でも大きな課題の一つといえる。今回の復元製作で同笵法での鋳造が成功すれば、同笵法が不可能ではないということを、初めて実証することになる。
 復元に先だっては、どのような鋳型を作れば複数回の鋳造が可能なのか明かにするための実験を行った。実験は、複数回の鋳造に耐えなおかつ文様の鋳上がりが良い鋳型をつくるためのデータをえることと、鋳型とできた製品の収縮のデータをえることが目的である。このため、鋳型の材質、鋳型の真土と粘土の比率、鋳型の構造、湯の温度、離形剤の種類などを変え、さらに一度鋳造した実験鏡を踏み返すなどして、総計70枚の実験用の鋳型を製作し鋳造を行った。鋳型の作成に際しては、乾燥および焼成でどの程度鋳型が収縮するのか、また鋳あがった鏡は鋳型よりどの程度収縮するのか、逐一計測を行った。

ヒビが生じた鋳型
鋳型の傷が鋳出された復元鏡

 実験では鋳造に関する多くの成果を得ることができた。さらに、三角縁神獣鏡に特徴的にみられる現象を再現することに成功した。 一つはヒビの再現である。鋳こみの際に発生するガスの抜けがよく、なおかつ複数回の鋳込みにも耐える鋳型を作る必要がまずあった。文様の鋳あがりを良くするには、ガスの抜けが良い鋳型をつくる必要がある。ガスの抜けが良い鋳型を作るためには、真土の比率を多くした目の粗い鋳型にする必要があるが、粘土の比率が少ないためもろくなり、複数回の鋳こみには耐えない。複数回の鋳こみに耐える鋳型を作るためには、一定度の強度が必要で、そのためには鋳型を作る際に真土よりも粘土の比率を高めなければならない。この相反する二つの条件を満たすために、ガスの抜けが良い部分と頑丈な部分からなる二層構造の鋳型を作ればよいのではないか、というアイディアが出された。さらに二層構造にすることで、二つの層の間で乾燥の際の収縮率にちがいが生じて、鋳型の表面に三角縁神獣鏡にみられるようなヒビが生じるかもしれない、という予見もあった。
 このアイディアに基いた鋳型は、当初の予想に反して乾燥の際に鋳型全体が反りかえってしまった。これでは鋳こみはできない。この問題を解決するため、一度焼成して焼き固めた粘土板の上に未乾燥の鋳型を貼り付けたところ、当初の予想どおり乾燥の際に表面にヒビが生じ、実験での鋳こみで、鋳型のヒビが鋳出された鏡ができた(写真1)。文様も鮮明に鋳出された。さらにこの鋳型を用いて一つの鋳型から最高で4枚の鏡を鋳造することに、実験の段階で成功した。同笵法は可能なのである。
 鋳型の多くは、鋳こみによって文様面の一部に剥離が生じた。この鋳型を用いて鋳こみを行うことによって鏡の表面に剥離傷が鋳出
された鏡ができた。このような傷は三角縁神獣鏡に多く見ることができる特徴である。 
 実験で得たこれらの成果に基づいて、同笵法による復元のための準備を行った。復元鏡の原型は、会津大塚山古墳から出土した三角縁神獣鏡の複製品を製作する際に、復元用に着色を行わない型を一面製作しておいたものに、鋳上がりの不鮮明な部分や傷などに手直しを行い、これを踏み返して鋳型を製作した。
 復元鏡のための鋳型は8個用意し、このうちの1個の鋳型を用いて2回の鋳こみを行い、2面の鏡を同笵法によって復元することに成功した。復元した同笵鏡には、ヒビ・剥離傷を再現することができた(写真2)。
 できた鏡は鏡面の研磨を行った。研磨の各工程を展示できるよう、未研磨のもの、作業途中のものも作った。研磨は機械を用いたほか、木炭を用いて手作業で行った。鏡面の研磨により鮮明にものを映せる状態になった。
 鏡の縁の研磨には銑という道具を用いて手作業で行った。銑を用いて縁の研磨を行ったところ、会津大塚山古墳にみられる線状の研磨痕と良く似た研磨痕が生じた。会津大塚山古墳出土の三角縁神獣鏡の復元は、この研磨の作業をもって終了した。
 この復元によって展示品を製作することができたのみでなく、三角縁神獣鏡の製作技術にせまる成果をあげることができた。多くの方々の努力の賜物である。この成果が今後の研究に供することがあれば幸いである。