パネル展示<昭和 人々の暮らし> <昭和人々の暮らし>パネル展示
当初、豊かな自然を象徴する「めぐみの森」から「暮らしのうつりかわり」のコーナーへ移る壁面には、自然を破壊してきた「開発行為」を象徴するような森林開発に関わる写真パネルを掲げ、それぞれのコーナーを繋ぐ計画もあった。しかし、人々の日常の暮らしに焦点を絞り、子供を中心とした「昭和」の情景などを組み合わせた写真パネルによって「昭和」のブースに繋ぐというソフト路線に切り替えることとした。
白河市在住の写真家、近藤昌好氏の全面的協力と御厚意により昭和20年代から30年代にかけて撮影されたネガを提供していただいた。大信村教育委員会から平成12年に発行された氏の記録写真集『写真集 ふるさとの記憶 大信村史民俗編資料集』に掲載された写真を含めて、衣食住に関わるもの、子供の情景、以降の急激な開発の萌芽となる交通に関わるものなどを選択させていただいた。これらと併せて昭和7年の白河市下総塚古墳発掘調査状況(白河市教育委員会提供)と昭和27年の新地町三貫地貝塚発掘調査状況(県立博物館提供)写真を組み入れた。
〈昭和40年代〉
高度経済成長期の真只中、昭和41(1966)年のいわゆる文化住宅の茶の間を再現している。四畳半の部屋である。中央に卓袱台を配し、子供2人の核家族の食卓を仮定した。この頃インスタント食品が発売され始め、インスタントハンバーグが子供達のおかずである。親のおかずは旧来の目刺しで、「共食」が崩壊し親子の断絶の萌芽が食生活に窺え始める画期を表現している。また、食卓における父親の権威が失墜する象徴としてテレビを中央に位置づけた。「巨人の星」等のアニメ番組をこのテレビで放映したかったが、予算と著作権の関係で不可能となり、兜沒テレビの御厚意によって昭和41年のニュース映像を常時ビデオ放映することができた。素材テープに音声が入っていなかったためアナウンスは無い。番組内容は第4表の通りである。
<昭和40年代>ブース <昭和40年代>の食卓