4 操業について

 1)原材料について 
 原料は、福島県西白河郡大信村の隈戸川で採取した砂鉄を、磁選して使用した。燃料は、岩手県産のマツと、一部栃木県那須郡塩原村産のクヌギ・コナラを使用した。炉材粘土は、砂鉄と同様の大信村産の通称“山砂”を使用した。各分析値は、別項の分析報告を参照頂きたい。
 なお、本来であれば、砂鉄や燃料の木炭、炉材粘土は、製鉄遺跡から出土したものと合致したものにすべきである。実際に、砂鉄は相双建設事務所から浜砂鉄採取の許可も得、採取もしたが、採取できた砂鉄量が少なく、断念した。さらに、木炭や粘土は、後述するように操業前の予備操業実験の結果を鑑み、上述のものにせざるを得なかった。

 2)操業について
 (1)目 的
 今回の操業では、次の点を主たる目的とした。
 ・粘土で炉を構築し、踏みふいごで送風し、まず砂鉄から鉄を作ってみる。
  *1回の操業で使用する粘土・砂鉄・木炭の量の目安と、鉄が産出するまでの操業時間を把握する。
  *産出される鉄の種類と排出される鉄滓量を把握する。
  *産出鉄・鉄滓と、砂鉄・木炭・粘土の成分の差異を把握する。
  *炉内の温度変化と送風量を測定する。

 (2)「鉄づくり」イベントまでの準備作業およびプレ操業
 鉄づくりに向けての準備作業は、その概要を表2に示した。その中で、来館者参加の準備作業として、砂鉄選別と羽口づくり、木炭の小割作業を行った。また、イベント前にプレ操業を行った。以下、これらこれらの準備作業の中で気づいた点と、プレ操業について記述する。

写真4 トイを使った砂鉄餞別

・砂鉄選別(平成15年8月13・14日実施:8/13 70人参加 8/14 35人参加)
 選別作業に使用した砂鉄は、相馬市古磯部海岸から採取した浜砂鉄である。当初、プラスチック製の整理箱(内寸幅24×長39×深7cm)内に、一掴み程度の砂鉄を入れ、砂金洗いのように上下左右に箱を動かして、選別を行った。この方法では、非常に手間がかかり、かつ砂鉄の選別も良好にできなかったため、幅90cm、長さ180cmの板の両脇に1寸5分角の枠木を設置し、これを2枚連結した簡易なトイを設置した。トイには緩やかな勾配を付け、上方より水道水を流して、砂鉄をもみ洗いするような方法で選別を行った。(写真参照)
 このような比重選鉱方式の場合、最初は砂中に石英・長石等が混じっているため、砂全体が軽い感じがするが、これらが流れ去るとネットリとし、非常に重い感じがする。色調では、灰色混じりの黒褐色の砂質土が、漆黒のスライム状の砂となる。このスライム状のものが、選鉱した砂鉄であり、部分的に玉虫色のような紫がかった光沢を呈するものもあった。
 今回の方法により、僅かな流水状況下で、簡単な板状のトイにより、非常に効率よく砂鉄を選別することが可能であることが確認できた。おそらく当時の方法も、これに似た方法ではなかったかと思われる。
 なお、流れ去った石英や長石の混じった白い砂であるが、当時の製鉄工人たちにとっては、そのまま廃棄するのではなく、なんらかの形で利用したのではないかと思われた。しかし、この砂鉄選別のイベント時には、その利用方法すら気づかなかった(註2)。

表2 まほろんイベント「鉄づくり」準備作業一覧
写真5 羽口づくり
写真6 山田A遺跡出土炉壁装着羽口

・羽口づくり(平成15年9月13〜15日実施:9/13 33人参加 9/14 28人参加 9/15 14人参加)
 羽口用粘土の質量は、1本700gとした。材料は、平成15年度原町火力発電所関連で調査していた割田B遺跡の粘土採掘坑から採取した粘土(以下、原町粘土とする)と、炉壁に使用した大信村の通称“山砂”(以下、大信粘土とする)を使用した。羽口の芯棒には直径30mmの丸材を使用した。これを1本27cmの長さとし、これに20cmのところに印を付け、長さ20cm、内径30mmの羽口を基準とした。芯棒に粘土を巻き付け、キリタンポのようにして製作した結果、芯棒に粘土が密着し、芯棒が抜けない状況となった。このため、最初に粘土を板状にのばし、この板状の粘土の内面に水を付け、さらに芯棒にも、粘土を水で緩く溶いた液を塗りつけ、この状態で芯棒に粘土を巻き付けた。この結果、芯棒は比較的簡単に抜けるようになり、芯棒を抜き取る際の羽口自体の破損率が下がった。しかしながら、それでも芯棒が抜けにくい場合も時にはあった。
 出土遺物の羽口内面を観察すると、比較的多めに水分を含んだ状態で、芯棒を回転して抜いている状況が観察できる。このため、おそらく今回のような状況で、製作していたものと推測できる。また、吸気部先端のラッパ状の開き具合であるが、これについては、来館者に製作してもらった関係上、非常にまちまちであった。ただ、使用に際しては、大きく開くものと、開きがなく直線を呈するものでは、さほどの支障はなく、内径さえ合致していれば、使用に耐え得るものであった。これは、相馬市山田A遺跡で出土した9本の羽口が装着された炉壁での羽口吸気部の特徴と合致している(小暮1997)。
 乾燥後、電気炉で焼成し、約2割弱収縮した。プレ操業の時には、片側8本の羽口の内、原町粘土で製作した羽口4本と、大信粘土で製作した4本を装着した。そして、ノロ出し側には原町粘土の羽口、ふいご側には大信粘土の羽口を並べ、これらが相対するようにした。プレ操業の失敗後、全ての羽口を大信粘土で製作し、操業に臨んだ。来館者に製作して頂いた羽口は木呂羽口として使用した。
・炉壁の粘土ブロックづくり
 前述の羽口づくりと平行して、炉の構築に使用する粘土ブロックづくりも行った。粘土は、原町粘土と大信粘土を使用し、スサ入りと砂入りの2種類用意した。スサは重量の3%、砂は30%混入した。当初、スサ入り1.5kgと砂入り1.5kgを合わせて3kgとし、幅20×厚10×長20cmの直方体の粘土ブロックを作った。この大きさは、羽口の長さから推定したものであったが、実際に製作してみると、この重さと大きさでは、1個の粘土ブロックを製作するのもままならず、最終的には幅10×厚10×長20cm程の直方体の粘土ブロックとなり、これを2個並列して、炉を構築することとなった。
 なお、この大きさは、図7に示した相馬市猪倉A遺跡から出土した炉壁ブロック1個の大きさとほぼ一致している。ただ、今回のように粘土ブロックを2個並列して炉壁を構成している事例は確認できていないため、当時の炉の構築、特に操業前の炉壁厚に関しては、さらなる検討が必要である。
 プレ操業では、炉の1/3程の上方部分のみ原町粘土のブロックを使用し、下位の2/3程の部分には大信粘土のブロックを使用し、炉を構築した。「鉄づくり」イベントの際は、全てを大信粘土で構築している。

図7 猪倉A遺跡出土炉壁
写真7 プレ操業時の羽口設置状況

・木炭小割(平成15年9月20〜21日実施:9/20 5人参加 9/21 12人参加・藤安将平刀匠指導)
 木炭は、ナタ等を使用して長さ10cmほどに小割した。プレ操業では、栃木県那須郡塩原村産のクヌギ・コナラを使用したが、「鉄づくり」イベントの際は、当初岩手県産のマツを使用し、その後、一時期クヌギ・コナラに切り替えた。炉に投入する場合の木炭の大きさは、これよりやや小さめなのが良いように思われたが、実際の製鉄遺構から確認された木炭は5cm程度であるので、これに比べると異様に大きいものである。

・プレ操業結果(平成15年10月11・12日実施)
 「鉄づくり」イベントの予備実験として、プレ操業を実施した。前日の10月11日までに炉や送風装置等が全て構築され、同日夕方から炉を乾燥させるためのマキによる燃焼を炉の内外で行った。強制燃焼は一晩中行い、12日未明に終了した。12日午前11時より操業を開始した。今回の予備実験操業は初めての経験であったため、送風の状態確認や、砂鉄からの鉄づくりを肌で感じることなどを念頭において行った。
 操業の経過や結果は表3に示したが、送風開始直後から風漏れが生じ、炉内温度が上がらず、ノロも形成されなかった。これらの失敗要因は、主として羽口にあると思われる。炉に装着した羽口角度は15°としたが、この角度は、復元した大船 A遺跡15号製鉄炉から出土した羽口の角度と同様のものである。この角度だと、羽口からの送風は、炉底よりやや上がった壁面付近に当たる。このため、炉底よりやや上方(約8cm)で、炉の両側からの送風が交差する。失敗要因の一つが、このようにした羽口の装着角度と炉底付近の壁面角度の不一致ではないかと考えたため、「鉄づくり」イベントでは、炉に装着する羽口角度を35°とし、送風の交差地点が炉底になるように配慮した。
 また、原町粘土で製作した羽口は、炉の強制乾燥の時点で、すでに熱により先端が閉塞していた。このため、操業時には、送風ができず、風漏れが起き、必然的に炉内温度が上昇しなかった。逆に、大信粘土で製作した羽口は、最後まで送風が可能であった。このことから、イベント本番では、羽口および炉壁ブロックには大信粘土を使用することとした。
 ただ、平安時代の製鉄炉出土の羽口では、この15°あるいは10°未満で炉壁に羽口を装着している。さらに、製鉄遺跡では、粘土採掘坑から採取した粘土を使用して製鉄炉や羽口等を構築・製作していたと考えられている。しかしながら、このように実際に行った実験とのギャップからは、遺跡出土の羽口角度測定の見直しや、あるいは浅い角度でも操業可能な方法の模索、あるいは粘土の吟味等、数多くの問題が浮き彫りになった。今後、これらの問題の一つ一つを、実験を行いながら検討していかなければならない。この他、手作りの送風装置は非常に良好であり、風箱に設置した弁も有効に機能していたことが今回の実験で判明した。炉内温度を上げるために、イベント本番ではマツ炭を使用することなどを確認してプレ操業が終了した。

表3 プレ操業結果報告(砂鉄・木炭投入時間一覧表:平成15年10月12日実施)
【操業の状況】
11:05 炉内に木炭を充填する。踏みふいご送風開始。
11:10ごろ 風箱から空気が漏れるため、粘土を充填する。
11:25 木炭投入開始
11:38 炎が上がりすぎるため、踏む速度をゆっくり目とする。
12:02 砂鉄投入開始
12:35 村下温度が上がらず反応が遅いと言い出す。
12:43 踏みふいご重くなる。機械送風開始。
13:31 ノロ出し穴確認。ノロ出ず。すぐに閉める。
13:37 機械送風停止。踏みふいご再開。
13:40 ふいご踏み5人体制に。
   炉内の温度が上がらない。
   オレンジ色の炎にならない。
14:05 機械送風と踏みふいご
   同時送風開始。炉内温度が上がらない。
14:40 西側木呂羽口取り外し。
   炉内状況確認。ノロで羽口が詰まっている。
15:00 送風停止。
【状況の推測】
1 送風開始とともに風箱から空気が漏れた。
 →羽口が熱で溶けて詰まってしまった。
2 炉内の温度が上がらない。
 →羽口からの送風ができなかったため。
3 オレンジ色の炎が炉の北側(ふいご側)のみであった。
 →大信村の粘土で製作した羽口のみつまらなかった。
4 ノロがでない。
 →ノロ出し側の温度が下がり、ノロで詰まってしまった。
その他
1)風箱内の弁・栓ともに有効に機能した。
2)踏みふいごの枠・踏み板とも大人7人でも耐久した。
3)送風管で使用した塩ビ管・風箱が燃えることはなかった。
 →弁が有効に機能した結果。
投入木炭量:97.5kg
投入砂鉄量:25.8kg
採取鉄量:微量