〔28〕 笊内6号横穴墓出土鉄鏃と矢の製作技術     山田  琢

1 出土品の観察及び計測
 笊内6号横穴墓からは大小2種類の鉄鏃が出土していた。復元を行うにあたってルーペによる観察と1/100oまで計測可能なデジタルノギス、ダイヤルキャリパー、スケールを用いて出土品の計測を行った。横穴墓からは矢・矢羽根の類は出土しておらず、出土品のルーペによる観察からもそれらの痕跡は発見できなかった。鉄鏃はやや鈍角な刃先部分を持ち、先端部から軸部分にかけて広がるように薄く延べられている。刃先部分は大きくかえりを持ち、断面形状が方形に近い軸部分を持っていた(写真1)。大型のものは全長262.5o、最大幅57o、長さは163.5o、軸部分は最大部で7.3o×6.6oの方形の断面を持ち端部に向けて徐々に細くなっていた。刃先部分の厚みは軸部分で6o、先端部で3oであり、2箇所に三日月型の透かし文様を確認できた。小型のものは全長210.5oで最大幅52o、軸部は8o×6oの方形で、同じように端部に向けて細くなっていた。刃先部分は軸部分で6o、先端部で3oの厚みがあり、2箇所の三日月型の透かし文様が確認できた。復元には、鉄鏃部分の製作方法を中心に、展示品としての装丁を行った。この形状を加工するには、大きく分けて2つの方法が考えられた。1つは板材からの切り抜きによる方法、もう一つは鍛造による成型方法である。どちらの製作方法が適しているかを、製作実験を通して考察を行った。

2 製作方法の推測
 1)切り抜き加工の考察
 板材を切り抜く場合には、材料の厚みを考えなければならない。計測から最大厚は6.6oあり、切り抜き用の材料を準備するには最低でもこの数値よりも厚い材料を準備しなくてはならない。材料の切断に用いる工具は切り鏨の可能性が高いと考えられるが、6.6oの厚さを切断する事は大変困難な事だと推測出来た。もし切断できたとしても、切り抜かれた形状は鍛造による修正を入れなければならないほどに歪みが出来ることが予測出来た。切り抜きによる実験は厚さ6oの鋼板を用いて行った。切断にはバンドソーを用いたのだが、軸部分などはかなりの材料を無駄にしなければならなかった。刃先部分は先端に向けて薄くなっているため、アウトラインで切り抜きを行った後の成形には、かなり大量に材料を削りとらなければならなかった。切削加工の量の多さと材料を準備する点から考えても、効率的に成形できる方法ではないと考えられた。

 2)鍛造加工による成形
 切り抜きによる加工の問題点をもとに、鍛造による成形方法を考えてみる事にした。材料の準備の点から考えると、本体の形状から鍛造による成形は無駄なく効率的に成形出来る形状だと推測できた。刃先の透かし文様は、切り抜きによる成形の可能性も考えられた。しかし2つの透かし文様は形状が同一でなく、その形状も不定形である点が疑問に感じられた。X線写真の観察では透かし部分の切断面が均一な面ではなく、幾層も折り重なった様に観察できた。また透かしが、刃の中央に向かってやや湾曲していることも疑問に思えた。この点からも透かし文様は、単純な切り抜きによるものではないと考えられた。刃の形状は、2体ともに軸部分の太さに対して刃のかえり部分が大きく張り出していた。このかえり部分を鍛造によって製作するためには、どのように材料を変形させていくかを考える必要があった。

3 実験品の製作
 1)透かし文様から考えられる鍛造工程
  (1) 切り抜き工程の実験から
 刃先に刻まれた2つの透かし文様は、X線写真の観察からもその形状、切断面共に不定形であった。これは切り抜きによって成形されたものとしても、その後何らかの力が加えられていると推測できた。透かし孔を開けた後に材料が変形したと仮定すると、透かし加工は刃先の鍛造工程の途中で行ったのではないかと考えられた。そこで切り抜きによる方法で透かし孔を製作し、その後で刃先の鍛造を行った場合、透かし孔がどのように変形するかを実験した。実験には板材の切り抜き実験を行った試作品を使用した。X線写真から出土品の透かし孔の形状は細長い菱形を若干三日月形に湾曲させた様な形であった。X線写真から透かし孔の形状を写し取り、型紙を製作して材料にケガキを行った。ケガキの枠内に径1.5oの金工ドリルで孔を開け、糸鋸の刃を通して切断を行った。切り抜いた透かしの形状は、使用できる限り細い糸鋸の刃を用いても、出土品の透かし孔先端部分の形状とは違っていた。糸鋸を用いた場合、刃の厚み以上に透かし孔の尖った部分を鋭くすることは出来なかった。そこで糸鋸で透かしを行った後に、刃部分が薄くなるように金槌で打ち延べを行ってみた。透かしの部分には決して金槌を当てないように刃先部分のみを叩いたのだが、透かし孔は刃の形状に添うように湾曲を始め、孔の間隔も狭まってきた。透かしの形状も、菱形の先端部分が徐々に尖っていった Bこれは刃先を薄く打ち延べることで、材料の伸びが透かし孔の隙間に集中したために起こるのではないかと考えられた。しかしこの実験による透かし孔の切断面は、出土品とはやや異なって見えた(写真2)。このことにより、透かし自体を切断工具による切り抜きで行っていないのではないかという推測が出来た。
  (2) 鍛造による透かし文様
 切り抜き以外の方法で透かし文様を作るには、鍛造の工程で打ち抜きを行う事が考えられた。打ち抜きには専用の切り鏨を使用したと考えられた。そこで鏨の先端を笹の葉型にした切り鏨を製作し、刃先の形状に打ち延べを行った鋼板を用いて実験を行った。鍛造を行うための加熱にはコークス炉を使用した。材料を十分に加熱し、製作した鏨を片面から打ち込んだ。片面側からの打ち抜きでも孔を開けることは出来るが、鋼材表面が大きく窪んでしまうことと、材料全体の歪みが大きいことから両面から鏨を入れる事にした。ある程度片面から鏨を打ち込むと、裏面には、鏨の痕跡がうっすらと浮かび上がった。その痕跡を目標として、裏面からも鏨で切り込んでいった。表裏の鏨の位置は多少ずれてしまうが、孔(透かし)を貫通させることは可能だった。しかし鏨の刃先を笹の葉型に製作したのだが、孔加工による材料の歪みが大きく、鏨の形状と同じ透かし孔を開けることはできなかった。また片方の透かしを貫通させてからでは、もう一方の透かしの加工をするときには、刃先全体が大きく曲がってしまい修正することは困難であった。材料の中心線に対して2つの透かしを交互に加工する事で本体部分の曲がりを少なくすることができた。さらに鏨を当てる部分だけを加熱された状態にすることで加工時の歪みをなくすことができた。打ち抜きを行った状態では透かし孔の幅は出土品よりも大きいものであったが、刃先部分を薄く成形していくと徐々に湾曲していった。刃先を薄く叩いていく行程が透かし孔の変形に最も影響を及ぼした。切断面の形状が出土品の状態と似ていることから、透かし文様は、鏨による打ち抜きによって出土品により近い形状を製作できると考えられた。

 2)刃のかえしについて
  (1) 階段状に鍛造する方法
 刃は、先端部で幅22oからかえし部分で幅52o以上になるように裾広がりの形状をしており、軸の付け根部分から長さ約27oの大きさのかえしがつくられていた。かえしを作るには軸部分と刃を形成する材料を階段状に鍛造を行い、かえし部分の材料を確保する方法で製作できないかと考えた。実験では鋼材9o×16oを使用して熱間鍛造を行った。階段状に鍛造を行うため、鍛造用の工具の製作を行った(写真3)。棒材の先端を尖らせた状態に鍛造し、特殊工具での階段型鍛造を行った(写真4)。この工具を使用する事で、軸部分のみを容易に細く鍛造することができた。軸部分の鍛造後、棒材を切断し刃の部分を平らに鍛造した(写真5)。かえしを左右に押し広げるためにアンビルの孔を使用して軸付け根部分を広げようとしたが、付け根部分がつぶれるだけであった。そこでバンドソーで軸に沿って5oほど切り込みを入れ、アンビルの孔に軸部を差し込んで再度かえしを広げてみたが52oの幅まで左右に開くことは不可能であった(写真6)。しかし、切り込みを入れることで、はじめの段階よりも容易に広げることができるようになっていた。そこで、刃の材料部分に切り込みを入れる実験を行うことにした。
  (2) 切り割りによる鍛造成形
 かえし部分の幅を確保するために、刃を成形する材料部分にバンドソーで切り込みを入れる実験を行った。軸部分を階段状に細く鍛造した材料を棒材から切り離さずに刃部分を薄く鍛造した。その材料を軸に沿って15oの長さで切り込みを入れ、鏨で左右に割り開いた。さらにアンビルの孔に軸を嵌め、かえし部分を据え込む様に鍛造することでかえし部分を左右に開くことができた(写真7)。この方法はかえし部分の幅を容易に広げることが可能であった。また、かえしの長さを成形するだけの材料を寄せる事も可能であることがわかった。この方法での成形が最も効率が良い方法ではないかと考えられた。

 3)鍛造工程について
 鍛造成形は切断、研削を行わない限り材料の質量に変化は現れない。いわば粘土の塊を手でつまんだり、延ばしたりして形作ることと同じである。このため、ある一定形状の成形に必要な材料の質量配分を間違えば、切断などで質量を変化させる以外に成形を行う方法はなくなってしまう。かえし部分を鍛造するには材料の適切な量を判断し、切り割りの長さ、押し広げる角度などの適切な量を判断することが重要だと感じた。この時の実験では切り割りした材料の量が多く、形状的には出土品よりも大きなかえし部分となってしまった。

4 出土品との比較
 実験で製作した鉄鏃を出土品と比較し、相違点を見つけることから改めて鍛造方法を考えることとした。出土品と比較した場合、実験品は刃の厚みが厚く、刃先の形状も出土品とは異なっていた。実験品の形状は、出土品のX線写真からトレースした形状をもとに成形を行ったものであった。実験品と出土品の相違はX線写真の撮影方法によるアウトラインの拡大が原因だと推測できた(写真89・10・11)。かえし部分の厚みは、出土品の方が刃先に向かって薄く成形されていた(写真12)。透かし文様の形状は、錆に覆われているために、目視での観察による形状の比較は不可能であった。これらをもとに出土品の計測を再度行い、相違点の修正を行いながら復元品の製作を行う事にした。

5 復元品の製作
 1)軸材とかえし部分の成形
 実験で得られたデータをもとに復元品の製作を行った。材料は9o×16oのS45Cの平鋼材を用いた。始めに軸部分の成形を行うため、材料の先端部を細く鍛造していった。特殊工具を使用して棒材の先端部分を階段状に細く鍛造し(写真13)、さらにアンビルの角部分を使用して軸部分が細身になるように鍛造加工を行った。軸部分は8o角とし、長さを約70oに整えた(写真14)。この工程で刃先部分の厚さも約8oになるように鍛造しておいた。軸の付け根部分はアンビルの孔や角部分を使い、90度の階段状になるように鍛造した。さらにかえし部分を一定角度に広げるための変形金型を製作し、かえし部分の鍛造を行った(写真15・16)。このときかえしとなる部分の材料は据え込まれる状態となり、材料の厚みに変化が現れた。この段階では材料の厚みにばらつきがないようにしておくことが重要であるために、かえし部分の厚みを整形した。その後刃先部分を徐々に薄く打ち延べることで材料の幅は30o前後にまで広がった。刃先部分を平らに打ち延べ刃部分の形状を整え、刃先に当たる材料部分の長さを残して元の鋼材から切断した。かえし部分は中央部に軸部分となる幅7oほどの材料を残すように、バンドソーを用いて約15oの長さで切り込みを入れた。切り込み部分のみ加熱した材料を万力に固定し、切り込みを入れた部分を鏨で左右に折り広げていった(写真17)。かえし部分は変形金型を用いて広げる角度を一定に整えた。この行程でも刃先の厚みに変化が現れるため、平らな金床の上で修正を行いながら、軸に対して90度近くまで押し広げた状態まで繰り返し鍛造を行った。かえし部分を成形した後、刃先部分を薄く打ち延べした(写真18)。

 2)刃先の鍛造
 刃先は、断面形状が菱形になるように中央部分へ稜を残しながら外縁部を薄く打ち延べていった。アンビルの面に刃先部分が斜めに当たるように材料を傾けて支持し、金槌の面が斜めに当たるように叩いて成形した。刃先は叩いて薄くなるに従って外形が大きくなってしまった。そのため、グラインダーで広がった部分を削り取り外形を整えていった。かえし部分は刃の縁部分を叩いて薄くすることで軸に対しての角度が浅くなるため、浅くなりすぎないように注意しなければならなかった。かえしの角度は浅くすることは容易だが、刃先を薄く打ち延べた状態から左右に広げることは困難であった。刃の外縁部を薄く成形しながら、かえしの先端部分を尖らせるように鍛造を行った。軸部分もこの段階で、大小それぞれの寸法値に近い状態にまで鍛造成形を行った。ここまでの工程を繰り返し行い、全体形状を計測値に近づけていった。刃先の形状は、鍛造後にヤスリを使用して形状を整えた(写真19)。

 3)透かしの打ち抜き
 外形を成形した後、透かし文様の打ち抜きを行った。実験ではコークス炉で全体を加熱し、成形部分を残して水で冷やして打ち抜きを行ったが、復元品ではS45Cという鋼材を用いたため水による冷却を行うことが出来なかった。この材料は急冷をすることで焼き入れされてしまい、ヤスリによる成形が困難になってしまうためであった。そのためアセチレンバーナーを使用して透かし部分のみを加熱することとした(写真20)。透かしの位置と大きさをケガキ、点打ち鏨で先端部分の位置に点打ちを行った(写真21)。バーナーでその部分のみを加熱し、打ち抜き用鏨で切り込んでいった(写真22)。表裏とも同じ工程を繰り返しながら透かしの孔を徐々に成形していった。透かし孔を成形すると、刃先外縁部が外に押し広げられるような形(写真23)になったが、この部分は刃のエッジ部方向から金槌で叩いて修正を加えた。さらに厚みの調整を行い、余分な材料はヤスリで削りおとして整形を行った。透かし孔を打ち抜いた後に全体を加熱し、透かし孔の形状、刃先の厚みを微妙に修正しながら鍛造成形を行っていった。透かし孔の打ち抜き以降の工程では、外形の大きさの調整と刃の研ぎ出し以外にはヤスリによる整形は行わなかった。透かし孔の形状は、刃の外縁部を整形するに従って三日月形になっていた(写真24)。鍛造成形を行った後、刃先と刃の外縁部をヤスリで薄く削りだし、刃先部分は油砥石による研ぎを行った。

6 展示方法について
 展示に際しては、矢に装着した状態に想定復元を行った。復元推定は大阪府土保山古墳、栃木県七廻り鏡塚古墳出土品及び正倉院伝世品を参考に清喜氏が行った。装丁は矢柄は竹を用いて、矢羽は白鳥の羽を用いて二枚立とした。樺巻き部分は桜皮を使用し漆塗り仕上げとした。矢筈は竹を削り込み、絹糸で補強をした。矢羽の長さは85oとし、矢羽の固定には生成の絹糸を用いた。
 鍛造を終えた鉄鏃は防錆処理として漆の焼き付けを行った。刃先部分は先端と外縁部分に刃を研ぎだした(写真25)。
 矢柄は直径10oほどの矢竹を使用した。焼き入れによって竹の曲がりを修正し、鉄鏃を差し込むため、先端の穴をヤスリで方形に成形した(写真26)。全長は鉄鏃装着状態で三尺五寸に近くなるように、矢柄の長さを調整した。矢柄は拭き漆仕上げとした。矢筈部分は竹材にすり割りを入れた形状とした。すり割り部分から割れが生じないように、絹糸で補強巻きを行った(写真27)。鉄鏃の装着は、軸部分に絹糸の下巻きを行い矢柄の穴とのがたつきを調整した後、エポキシ系接着剤で接着した(写真28・29)。矢柄と鉄鏃の軸部分の段差が無くなるまで、絹糸で補強巻きを行った(写真30)。
 樺巻き用の桜皮は、幅10oの帯状に切断したものを使用した。樹皮の表面に傷をつけない様に注意しながら、表が透ける厚みになるまで裏側を刃物でそぎ落とした(写真31)。そのままの状態で矢柄に巻き付けてみたが、厚みにばらつきが有るためか途中で折れてしまう箇所ができてしまった。そのため厚みを均一になるように再度裏面の削ぎ落としを行った。さらに沸騰したお湯の中に浸し、柔らかくなったところで一気に矢柄に巻き付けた。鉄鏃の軸と矢柄との段差部分から鉄鏃の先端方向に向かって巻き始め、3回ほど巻いた後、矢羽方向に巻き進んだ。巻き終わりは桜皮の先端を斜めに切り落とし、接着剤を少量つけ綿糸で仮留めを行った(写真32)。仮留めの状態のまま漆を塗って乾燥させ、乾燥後に糸を外し、巻き終わりの部分を刃物で成形して再度漆塗りを行った(写真33)。
 矢羽は和弓用に市販されている白鳥の羽を加工して使用した。羽の芯部分を半分に縦割りし、出来る限り薄く平らになるように削ぎ落としを行った。芯を削るために厚みのある竹材を使った固定具を製作した。2枚の竹材で芯部分のみが飛び出すようにして羽を挟み、切り出し刃物の刃を立てて芯を削ぎ落としていった。そぎ落とした芯部分をさらに紙ヤスリで薄く滑らかに仕上げた(写真34)。羽は前後に絹糸で補強巻きを行って矢柄へ固定した。羽の芯部分は接着材を使用して矢柄に貼り付けた。羽の後ろ側を矢筈部分に2枚同時に木綿糸で仮留めし、羽の芯に接着剤を付けて矢柄に張り付けた。羽の先端側も木綿糸で仮留めした。さらに矢筈側から羽部分に割り込ませるように、木綿糸を螺旋状に巻き付けて羽全体の仮留めを行った(写真35)。乾燥した後、仮留め糸を外し余分な芯部分を切断し、羽の前後に補強も兼ねた化粧巻きを絹糸で行った。絹糸を巻いた部分は全て漆塗りを行い、強度を増した(写真36・37・38)。