〔19〕 笊内37号横穴墓出土馬具の調整・組立について 山田 琢
1 鋲留めと組み立てを考える
雲珠・辻金具を含む全ての装飾金具は、鋲を用いて帯に装着されていたと推測できた。帯の痕跡は出土品からは観察できないため想定復元を行った。帯の材質は不明だが、厚みは鋲足の残された座金の位置から3.2oから4o前後の厚さを持ったものであると推測できた。今回の想定復元では厚さ4oの革帯を使用して、馬装の想定を行った。馬装は展示用の樹脂製の馬体に合わせて革帯の長さを決め、各金具を装着した。馬装の想定については別項に記載する。ここでは革帯への金具の装着方法について述べたい。
2 推測された馬装に基づいて組み立てる
1)頭絡について
復元では頭絡に辻金具4体を使用した。4体の辻金具のうち、脚に吊金具が取り付けられる2体を鏡板との連結に使用し、残りの2つを額革と革の交差する部分に使用した。帯の連結には2種類ある締金具と帯先金具2個を使用した。顎革は締金具を使用せず、革帯を輪環形につなぎ合わせることとした。額革と咽喉革は1本の帯で製作し、平らな鋲を伴う丸形の締金具を装着した。
革と項革を一本の革帯で製作し角型の締金具を項革部に取り付けた。
2)雲珠、杏葉の装着について
(1) の形状と革帯の装着形状
は磯部分にU字型に曲げられた釘によって打ち込まれていたと推測できた。本体は銀杏の葉のような形状であった(写真1)。釘を通すU字部分が特徴的なことから、本体の形状は革帯の装着方法を基に考えられたのではないかと想定できた。
に帯を取り付ける場合には結びつける方法が多いと考えられていた。今回の復元では
の形状から、一本の帯を抜き通す方法での装着方法を想定する事にした。帯は
の環部分に下側から刺し入れ、直線的に成形された部分に一周するように巻き付け、
の上側から環部分を通して締め付けたのではないかと想定した(写真2)。環の直線部分の形状は帯を巻き付けやすい形状で、巻き付けた帯を強く締め付ける事が可能であり、いったん締め付けた帯が緩みにくいものであった。こうすることで雲珠の脚に鋲留めされた革帯は、
を通り、馬の尾の下を廻り反対側の
を通って再び雲珠の脚に戻るという馬装となった。この方法では尻繋部分の革帯の長さは極端に長いものとな
チた。
(2) 雲珠の脚の角度と杏葉の取り付け位置について
雲珠には出土品の観察から、90度に位置する3本の脚に吊金具が装着されていることがわかっていた。この脚の位置から、雲珠の装着方向を推測する事が出来た。杏葉は左右に各一枚と、尾の付け根部分に一枚が位置する様に装着されていたと思われた。3本の吊金具の位置から、中央に位置する吊金具と向かい合う脚が鞍側に向いていたと考えられた(写真3)。この脚の左右に位置する脚へ、を通る革帯を取り付けることとした。3本の吊金具の間にある脚には尻繋を取り付けたものと考えられた。
雲珠の各脚の形状から考えた場合、吊金具の痕跡から考えられる雲珠の向きには疑問に思える点があった。それは杏葉を取り付ける3箇所の脚と、鞍へ向いている脚との取り付け角度が直交していないことであった。もし仮に中央の杏葉を取り付けた脚の左隣の脚を、鞍側に向かった脚とすると、左右の杏葉を取り付けるべき位置は、それぞれ後方に向かって角度がつけられた形状の脚となる。こうすることで各脚の形状は、中心線に対して左右対称に見えた(写真4)。あくまでも推測にすぎないことだが、雲珠を製作した工人が考える雲珠の向きとは異なった状態で、馬装を組み立てたのではないかと考えられるのではないだろうか。このことから当時の工人の間で、製作と組み立ての分業が行われていた可能性を感じた。
3 組み立て
1)鋲を用いた装着方法
今回の復元では厚さ4o、幅28oの革帯を使用した。馬具に用いる金具類を製作した段階で、展示用の樹脂製の馬に仮装着を行い、雲珠、辻金具の位置を想定した(写真5・6)。それらの位置から各部の革帯の長さを割り出し、実際に使用する革帯を展示用の馬体に装着した。革帯上に飾金具を仮留め装着しながら、各金具の装着位置の検討を行った。革帯に飾金具を仮装着した状態で鋲孔に鋲を差し込み、各金具の鋲孔位置を革帯の上へケガキを行った。鋲を通すための孔は直径4oの打ち抜きポンチを使用して革帯に開けた。鋲のかしめは鋲頭の金銅板を傷つけないように、鉛台に鹿皮を敷いた上に鋲頭を当てて金槌と鏨を使用してかしめを行った。鋲足は飾金具を実際に革帯に装着した状態で、座金面から3.5oになるようにあらかじめ切断を行った。切断には糸鋸を使用した。
@ 顎革の接続
A 革と吊金具を持つ辻金具の接続
B 顎革と革の交点の接続
C 轡との接続
D 咽喉革部の締金具、帯先金具の取り付け
E 頂革部への締金具の取り付け
F 革、頂革と額革、咽喉革の交点の接続
顎革は、革帯を輪環状に接合した状態に復元製作を行った。革帯は太さ4oほどの革紐を用いて輪環状に接合を行った。輪環状にするため革帯を50oほど重なる長さで切断し、重なる部分の中央に縦方向に並んだ2つの革帯を重ねた状態で孔開け加工を行った。孔開けには直径4oの穴あけポンチを使用した(写真7)。孔位置を合わせた状態で革帯を重ね、長さ200oほどの革紐を中央で折り返して2重にし、端部を2本とも一方の孔へ表から差し込んだ。もう一方の孔に裏側から革紐を差し込んで表側に引き抜いた。革帯の一つの孔には革紐の輪が飛び出し、もう一方の孔からは2本の革紐が出ている状態となった。双方の革紐を締め上げて革帯の緩みをなくし、革紐の先端2本を輪の中に通して強く引っ張ると、輪になった部分が革帯に潜り込んでいった。さらに強く引くことで革紐の緩みがなくなり、革帯がしっかりと連結された(写真8)。
吊金具のある辻金具は、輪環状に連結した顎革と革の交差した部分に取り付けることとなった。もう一組は咽喉革との交差部分に使用したものと推測された。出土品の辻金具を観察すると、鋲足に残された座金と吊金具との隙間から辻金具本体の下側を吊金具部分の鋲まで革帯をがあったものと推測できた。革帯の交差する角度は辻金具の脚の角度を基準に仮組みを行い想定した(写真9)。革帯には孔開けポンチですべての鋲孔の孔開け加工を行った。組み立ては吊金具のある辻金具を顎革へ先に装着し、吊金具と
革を後から組み付けた(写真10・11)。鋲かしめは持ち手と鏨の打ち手の2人で行った。
革は辻金具の脚部分に吊金具、革帯、座金の順に重ね、向かい合う脚部分を含めた4本の鋲を差し込み、吊金具側の鋲からかしめていった。まず4本の鋲を通した状態で鋲頭を鉛台に当てて固定し、先端が丸型の金鎚で4本とも鋲足の仮留めを行った。それから仮留め状態で各部品のずれの修正を行い、鏨で鋲足のかしめを行った(写真12)。辻金具と組み合わせた左側の
側には締金具を装着した。右側の
革は項革までを一本の革帯で製作した。左右の
革を取り付けた後、咽喉革部との交点に辻金具を装着した。辻金具のかしめを終えた後、咽喉革に締金具と帯先金具の取り付けを行った。辻金具の装着をすべて終えた状態で轡との組み合わせを行った。
轡は鏡板の透かし板部分の鋲かしめを先に行った(写真13)。鏡板の鋲にも座金を使用した。辻金具の吊金具は、革帯に鋲留めする前に鏡板の立聞を嵌められるように鉤の曲がり具合を調整しておいた。吊金具の鉤部分に鏡板を嵌めて鉛台の上に置き、木槌で鉤を倒して組み合わせを行った(写真14・15)。
項革部の帯先金具は、展示の関係上鋲のかしめ方法を変更した。締金具は座金を用いたかしめを行い革帯に装着したが、帯先金具は展示用に加工した鋲を使用した。樹脂製の馬に馬具を装着するために項革部分は馬のたてがみ部分に革帯を通す孔を開け、そこへ革帯を通して締金具と結びつけることにした。革帯を通すためにたてがみ部にあける孔を出来る限り小さくするため、革帯先金具を取り外しできるように加工した。鋲足を直径3oまで削り、先端にダイスを用いてネジ切りを行った。座金は厚さ2o鋼板を7o角の方形に切断し、中央に3o径のタップでネジ切りを行った。
3)尻繋の組み立て
出土品の観察からは雲珠の脚に吊金具の痕跡が残っていた以外、装飾金具の組み立て方法についての痕跡は発見できなかった。そのため吊金具以外の馬装については想定復元を行うこととなった。尻繋の組み立ては、雲珠の脚に吊金具を介して3枚の杏葉を取りつけ、革帯を用いて鞍と接続されていることとした。帯飾金具は雲珠の脚から馬の尾の下を通る2本の革帯に12枚、鞍の下を通る革帯の雲珠の手前に1枚を装着した。鞍下を通る革帯に装着した帯飾金具には鋲孔が3箇所だけのものを使用した。雲珠の吊金具は杏葉の立聞に仮組を行い、鉤部分の曲がりの角度を調整した状態で雲珠に鋲留めを行った。はじめに革帯を吊金具側まで通した状態で鞍下を通る革帯に雲珠を取り付けた。(写真16)。次に左右の吊金具を雲珠に取り付けた。あらかじめ尾の下側を通る2本の革帯に帯飾金具の取り付け、すべての金具を取り付けた革帯は短いものから順に雲珠に取り付けを行った(写真17)。を通る長い革帯は、両端部に鋲孔加工を行った状態で
に結びつけ、その状態のまま先端を雲珠の脚に鋲留めをした。すべての金具を革帯に取り付けた後、
を後輪に打ち込むことで尻繋を鞍に装着した。
の釘孔はヘアピン型の釘を刺しやすいようにヤスリで6o角の角孔になるように加工した。
4 展示用馬体への取り付け
1)頭絡の装着
馬の鼻に顎革の輪を嵌め、銜の位置を固定した状態で、頂革部分の連結を行った。右側の長い革帯を馬体に開けた孔(写真18)に通して、ネジ固定式の鋲で帯先金具を取り付けた。左側革部の締金具に革帯を結んで革帯の連結を行った(写真19)。額革の角度を調整して、咽喉革部の締金具に革帯を結びつけて革帯の連結を行った(写真20・21)。
2)尻繋の装着
に革帯を通した馬装を想定したため、尻繋は鞍と一体になった状態となった。そのため馬体への装着は、鞍ごと尻繋すべてを持ち上げた状態で装着しなければならなかった(写真22)。