〔11〕 笊内37号横穴墓出土飾帯金具の復元について    伊藤 哲恵

1 現物の観察と計測
 飾帯金具は13点出土した。このうち1点は二つに割れている状態で、中央の半球形の打ち出し部分が失われていた。金具には半球形の装飾があり、一つまたは二つの打出しが施されている。金具の端には革と金具を固定するための鋲が残っていて、裏面には革に金具をとりつける為の座金を残すものもあった。
 飾帯金具の鉄地部分を復元するにあたり、重要な点としては鉄板の厚みの吟味と、凸半球形の打出し方法の模索の二点が挙げられる。
 復元品を製作することを前提とした計測で、特に重要な情報となるのは地金の厚みである。この飾帯金具のように薄い材料を使用している場合は、わずかな寸法の差で仕上がったときの雰囲気が大きく変わってしまうこともある。また、どのような工具を使用したかを実験するときも地金の0.5oの差で異なる結果が出ることも考えられるのだ。材料の地金が薄ければ薄いほどその地金の薄さを利用して製作していることも多いため、より慎重に且つ正確に計測する必要がある。
 鉄板の厚みについては、まずノギスやキャリパーを使い計測を行った。しかし、出土品の錆の状態、鉄地金銅被せが行なわれていることや、1o以下の薄い材料が使われていることなどを考えると、適した計測方法とは言い難い。より実際の製作に使われた地金寸法に近い数値を得る為に、シックネスゲージや事前に作成していた様々な厚みのサンプルの金属板と出土遺物とを、拡大鏡で覗いて比較し、目測で検討した。サンプルに使用した金属片は銅板をローラーで伸ばし、厚さ1o以下の様々な厚みの銅板を作り、硫化仕上げで黒色に変色させた銅板を使用した。出土した鉄地金は錆で黒く変色している。目測で寸法を比較検討しなければならない場合は、このようにサンプル板も色をあわせておくと、より比較しやすいのである。
 この遺物には破損している資料があったことが幸いした。破損遺物の断面とサンプル板を比較することができ、信憑性のある数値が得られたのだ。結果、材料の鉄板の厚みは0.65o前後のものであると判断した。
 次に打出しがどのような方法で行なわれたかという問題だが、この点に関しては判断が難しい。これについても金銅板が被せられているため、鉄地を直接観察できるのが裏面のみとなってしまうのである。これは、当時の製作技法を探るという点から考えると、良い状態とは言いがたい。その上、出土した金具は錆や変形が激しく、当時の状態をとどめていない。このような条件のなかで、比較的状態の良い部分を中心に詳しく観察し、計測を行なった。半球形の直径の計測については、破損のない12点の資料のうち11点に関して、一つの半球形に対し計測点を二箇所とした。結果、完全な正円のものはなく、数値も17.4〜18.9o(計測にはデジタルノギスを使用)とばらつきがでた。半球形の高さは5o前後とほぼ同じ高さだった。半球の丸みは、ボール状のような丸みではなく、肩のようなわずかな角のある形態(写真1)で、この特徴はすべての半球形に共通していた。半球形の打出しは一見どれも同じように見うけられた。しかし、比較的状態のよい37横12と37横16にマットフィルムで半球形の丸みの形に合わせてゲージを作り、ひとつずつ確認してみると、完全に同様の形はないことがわかった。

2 半球形の打出し方法と工具の考察
 今回の復元製作では半球形の打出し技法について考察した。現物の観察結果から凹半球状の受け型などに押出して作られたものではなく、鏨などを用いて裏側から打出したものだと判断した。もし凹半球形の受け型を使用したならば打出される丸みはすべて同じ形態になるはずである。先の観察結果からこのような特徴は見られない。但し、丸みの形態には、ある程度の共通性があるため、鏨には使用頻度による変形を押さえるように、鉄製の角棒を切削して先端を丸く加工したものを使用することとした。
 一方、受け型については、打出しの衝撃に絶える強度があり、打出した半球形に、ある程度形や大きさのばらつきが出るような素材のものを使用したと考えられる。木製の型では強度もなく、打出す時の衝撃を吸収してしまうためより強い力で打ち込まねばならなくなり、素材として適さないと考えた。石製と考えることも出来るが当時の石の種類を断定することが出来なかった。強度を考えると鉄製の受け型が適当であると考えた。受け型の孔の深さは7o以上は必要となる。しかし、切削による孔加工を行なうのは、当時の道具では困難であると判断する。鋳造あるいは鍛造で製作すれば、比較的に容易に孔を作ることが出来たと思われる。今回は実験を含め十数回の打ち込みに耐えられる強度を考え、厚い鉄板に切削加工で孔を開け使用することとした。今回は厚み16oの鉄板に直径17oの孔を開けたものを使用した。
 13枚の金具のうち、一枚の金具に二つの半球形を打出しているものが2枚含まれていたが、それぞれの半球形の位置が異なっていた為、受け型に二つの孔を開け一度に打出したものではなくひとつずつ型をずらして打ち出したと考えられる。

3 製作の工程
 今回の飾帯金具鉄地部分の復元製作は、主な道具として鉄製の受け型と鏨、木槌、鹿革を使用し(写真2)、以下の工程で製作をおこなった。

 @ 0.71oの鉄板を完成の寸法よりも大きめに切断する。
 A 0.65oまで@の鉄板を打ち延べる。(写真3)
 B 打出しの位置を裏面に印す。(写真4)
 C 受け型(縦50o、横120o、高さ15oの45C鋼材に直径16oの孔を開けたもの)に鹿革を被せ、鉄板を置き木槌で軽く打出す。(写真5)
 D あたりがついてきたら、木槌を鏨のように使用して打ち込み、打出し位置をしっかりとつける。(写真6)
 E 鉄製の鏨(20o角、長さ130oの45C鋼材を切削加工したもの)を使い、半球形を打出す。(写真7)
 F 半球形の周辺に出る寄り皺を叩き延ばして、地金を整える。(写真8)
 G EとFを繰り返す。
 H 出土資料のX線写真をもとに作った型紙を用いて打出した地金に印をつけ、余分な地金を金切り鋏で切断する。
 I ヤスリで縁の形を整える。(写真9)

 半球形の打出しは冷間加工で行なった。ミガキの鉄板を使用したが、打出しの前処理として軽く火にあてたものを除冷した。
 また、Cの段階で受け型に鹿革を被せて打出しをおこなった。これは始めから地金と受け型を直接接触させて打出すと地金の位置が安定するまでの間に受け型の孔の跡が傷となって残ってしまう場合があり(写真10)、その傷を防ぐ為に初期の打出し時は受け型と地金の間に鹿革を置いて作業をおこなった。
 鋲孔として直径3.7oの孔をボール盤で開け、鉄地の加工を終了した。最後に錆止めとして、表面に漆の焼き付け塗装をおこなった。

4 破損した帯金具の復元
 13点の資料のうち破損している37横14に関しては、仕上がり寸法が現物からは判断できない。他の12点の資料の横幅寸法を見てみると、37横22と37横24、37横21と37横20、37横12と37横15がそれぞれほぼ同様の寸法であった。この6点については対の関係であると考えることができる。また、37横18と37横16と37横13がそれぞれほぼ同様の寸法であった。37横18と37横16と37横13の横幅が67oで、37横19が71oと近い数値であるので、今回はこの4点を同じ分類とみなし、飾帯金具は左右対称に配置することを意識して、それぞれの寸法を決めていたと考えた。残る37横12が93o、37横17は81oで、37横17はこの2点とともに雲珠からと鞍の下に通す帯に配した金具と考え、このなかで鞍の下に通す帯に付ける金具を37横17、に装着させる帯に付ける金具を37横12と37横17として、37横17の寸法は37横12と同様にした。

5 復元製作からの考察
 今回の復元製作を行なって、想像以上に薄手の鉄板の打出しが冷間で容易に行なえた。実験では1o、0.8o、0.5oの厚みの鉄板も使用したが、これらも同様に冷間で加工することが出来た。半球形に打出すときに周辺の地金に必ず寄り皺ができるが、これは使用する鉄地が薄ければ薄いほど、皺が寄りやすいことがわかった。0.65oの鉄板も寄り皺は生じやすく、こまめにこれを叩き延ばして地金を整えないと皺が最後まで残ってしまう。出土した遺物を観察したところ、どれも寄り皺はなく、きれいに整えていたものと思われる。
 地金取りは、打出しが完了した後に、実際の寸法に合わせて切る手順をとったが、これについては寸法どおりに切ってから打出したとも考えられるだろう。しかし、この金具に関しては、打出し後に切断していると判断した。打出しを行なうと地金の外形が変形する。半球形に打出した部分は、打出しをしていない両端部分の幅と比べると、寸法が短くなる。よって長辺は直線から曲線に変化する。このようにして出来る曲線の形にはある規則があり、打出された半球形に最も近い部分が一番変形が激しくなる。作業上自然に出来る形態は、曲線といってもくの字に近い形になるのである。これを考慮して、現物の形態を見てみると、なだらかな曲線をしていて作業上に自然に出来た形態とは異なるものであると感じた(写真11)。おそらく、取り付ける革帯のカーブに合わせた曲線であろう。
 受け型と鏨は、どちらも鉄製で45Cという鉄の中でも比較的硬い材料のものを使用した。半球形の際がしっかりと立ち上がり、形がはっきりきまっているところを見ると、受け型は金属製と考えていいであろう。しかし、今回のような製作方法を行なうと、半球形の上部と際の部分が薄くなり切れ易くなる(写真12)。この二箇所は打出しを行なっている時に常に工具によって延ばされ、地金が最も薄くなってしまうのである。5oの高さに打出すには問題はなかったが、今回使用した鉄よりも柔らかい鉄、あるいは非鉄金属のほうが材料を無駄にせず安全に作業が行なえたであろう。これは受け型だけの問題ではなく鏨の素材を変えることでも解決できるとも考えられる。
 現在、出土した遺物は錆や破損で当時の様子とはほど遠い状態だが、鉄地の打ち出しも金銅被せも適切な厚みの材料を使用し、粗雑の点もなくきちんと作られている。それに対し、半球形の位置はほとんどが長辺のどちらかに寄っていて、完全に中央に打出されていなかったり、角が一つ欠けているのもがあったりと細かい意匠にはこだわらずそのまま完成としている。当時は飾金具の意匠よりも材料を中心に製作が行なわれていたのではないかという印象を持った。